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装丁楽会だより9-津田青楓の装丁『三重吉全集 八の馬鹿』

装丁楽会だより9-津田青楓の装丁『三重吉全集 八の馬鹿』

全13巻のうち3巻『三重吉全集 八の馬鹿』(写真上)、『三重吉全集 小鳥の巣』(上下巻、写真下)は、津田青風の装丁ではなく高野正哉が装丁をやることのなってしまった。写真は『三重吉全集 八の馬鹿』。
装丁楽会だより9-津田青楓の装丁『三重吉全集 八の馬鹿』_b0072303_1463960.jpg


●あんなに仲のいい二人だったのに
津田青楓『寅三と三重吉』(萬葉出版社、昭和22年)を読むと、明治45年4月19日から大正5年7月30日までに三重吉から青楓に当てられた手紙53通が公開されている。そしてその時々に感じたことなどが、手紙の後に記されている。ちょうど『三重吉全作集』に取りかかった頃の二人の関係がよくわかり興味深く読んだ。第一巻を装丁した頃は、お互いのその出来映えを讚え、楽しそうに見えた。
 
●生まれ故郷の京都へ引っ越す
大正4年3月26日の三重吉からの手紙に、「もうちやんと落ちついたか。大変不便はところの由。併しノンキでいゝものであらう。羨ましいね」とあり、この頃、青楓は生まれ故郷の京都に引越をしたのがわかる。
 
この手紙には、第2巻『三重吉全作集 赤い鳥』(写真装丁楽会だより7に掲載)の表紙の校正のやり取りがあり「小生は、門外漢ながらあの岩が好かんよ。花と鳥と筆致上の調和がないやうに思ふ。また、あれを、本の實際の大きさに折って見ると、裾の方へ片まつて、ごぢやごぢゃする。岩は裏面へ廻るのだから、裏面は岩がなくとも淋しくはないし、裏面の岩は表面を一所にしての全體を引き立たせるにも役に立つまい。取ったほうがあつさりしやせんか。そこで念のため、Aのやうに草も岩もないのを摺らせてみた。」と、細かい注文を出し、揚げ句の果ては、原画を見視して、岩を取った校正を出している。結果としては前日掲載の写真のように岩の無い装画が使われていた。

仏蘭西に3年間留学し、二科会創立のメンバーでンもある青楓にとっては、けっして快い事ではなかったはずである。

●第四巻『女』(写真-装丁楽会だより8に掲載)の表紙に関しても
大正4年5月4日の青楓宛の手紙には、「第四巻の表紙をその内畫いてくれないか。兄もいろいろ忙しくて氣の毒だが何分たのむ。あの櫻の模様は、白地へでもあの緑がゝつた色でも大變いゝが、どうも櫻といふものが、いろんな古い聯想があるのでオレの小説にソグハないので困る。バカなことをいふとお笑ひかも知れんが、繪としての單獨の価値は私にだってわかるが、表紙として使ふのに一寸困る。純日本式で和裝本の感じがする。あんな具合の模様を白い甲斐絹へ銀でおくと高尚でいゝが、櫻以外の何かにしてくれまいか。……第四巻は『女と赤い鳥』の『女』を巻頭として、『女』といふ本にする。それであの小説だから、表紙畫は西洋くさいものがよい。こってりしたものでもよい。あっさりでもよい。何分返事をまつ」と、表紙絵の描き直しを要請している。
装丁楽会だより9-津田青楓の装丁『三重吉全集 八の馬鹿』_b0072303_154453.jpg

by oh-shinju | 2006-05-09 15:06