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装丁楽会だより8-津田青楓の装丁『三重吉全集 櫛』

装丁楽会だより9-津田青楓の装丁『三重吉全集 櫛』

●鳥をモチーフにした装丁は流行?
津田青風の装丁の中には、モチーフとして鳥がよく使われているが、杉浦非水装丁、小杉天外『七色珊瑚』(写真上)の表紙にもインコが描かれている。調べたわけではないが、この時代の流行でもあったのだろう。装丁楽会だより8-津田青楓の装丁『三重吉全集 櫛』_b0072303_19493372.jpg

●青楓と三重吉の対立
鈴木三重吉は、かなりの潔癖症であったらしく、共に漱石門下生である内田百閒と神宮外苑を散歩していたときに、「百閒が吸っていたタバコをポイと道路に捨てると、三重吉が顔を赤くして怒り出した。『そりゃ、いかんよ。いけないと思いませんか!』しまいには『拾いなさい』とまで命じる。あまりの剣幕に後輩の百閒はしぶしぶ従った。」(皿木嘉久『大正時代を訪ねてみた』産経新聞社、2002年)というようなことがあったようで、百閒の随筆にこの記載があるようだ。

青楓が『三重吉全作集』の装丁をしたときも、三重吉は細かい注文を出したようだが、青風もしたたかで、「三重吉が『西洋くさいものを』と注文した全作集の第四巻『女』(大正4年7月、写真中央)の表紙画に青楓がアヤメを描いたころから、両者の対立がめだってきた。」(槌田満文「コンビの本8」日本古書通信、平成元年)ようだ。同様の内容が津田青楓『寅彦と三重吉』(萬葉出版社、昭和22年)にも記されているが、むしろこちらが元本のようである。
 
●喧嘩別れ
「三重吉君があまり細かいことをくどくどと文句を云ひ、ぐちをこぼし、よろこんだり悲しんだりして、こちらも七面倒くさくなってきた。画家は自分の仕事に対し誰からも喙を出され度くない、外からいろいろ云われれば仕事の純粋性はなくなる。私は装釘が三重吉君の小説の内容に合ってゐるか、どうかと云ふことよりもさきに、芸術的独創性に富んでゐるかどうかと云ふことが重要だった。だから最後にはどちらも自分勝手をつっ張って喧嘩わかれとなってしまった。」(前掲)と、二人とも自己の主張を譲らなかったようだ。

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●青楓装丁の『三重吉全作集』は第十巻『櫛』まで
青楓の装丁第二作となる鈴木三重吉『きりの雨』(春陽堂、大正2年)からはじまった、二人のコンビによる本づくりは『三重吉全作集 第十巻 櫛』(写真下)で終止符を打つことになり、絶交状態になってしまった。

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by oh-shinju | 2006-05-02 20:25